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東京地方裁判所 平成6年(行ウ)39号 判決

原告

A

右訴訟代理人弁護士

大貫憲介

矢澤昌司

毛受久

近藤博徳

被告

東京都足立区

右代表者区長

古性直

右指定代理人

山口憲行

外三名

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が原告に対し平成五年五月一二日付けでした国民健康保険被保険者証を交付しない旨の処分を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告の身上関係等

原告は、一九六六年(昭和四一年)五月二〇日生まれのフィリピン国籍を有する女性であり、平成元年三月九日成田空港からわが国に上陸したが、同年九月ころ以降、出入国管理及び難民認定法(以下「入管法」という。)所定の在留資格を有しないままわが国に在留している。

原告は、平成三年一〇月九日、日本人である甲野一郎(以下「一郎」という。)と婚姻し、同年一二月四日、一郎との間に長女甲野花子(以下「花子」という。)が生まれたが、一郎は平成五年三月四日死亡した。

原告肩書地は、原告の外国人登録における居住地であり、原告を事実上の世帯主とする花子の住民票上の住所である。

2  原告の国民健康保険の被保険者資格

(一) 国民健康保険法(以下「国保法」という。)五条は、市町村又は特別区(以下「市町村」という。)の区域内に住所を有する者は、当該市町村が行う国民健康保険の被保険者とする旨規定し、同法施行規則の改正によって昭和六一年四月一日以降日本国籍を有しない者にも国民健康保険の適用があることとされたから、外国人であっても、右にいう「住所」を有する者は当然に国民健康保険の被保険者となる。

(二) 原告は、平成二年五月一郎と知り合い、同年一〇月から東京都足立区〈番地略〉で同居していたが、一郎と婚姻するにあたって日本に永住することを決意し、平成三年六月一八日、一郎が購入した原告肩書地所在の家屋(一郎が同月八日その敷地とともに購入したものである。)に転居して、以後、ここを一郎との夫婦生活を営む生活の本拠として暮らしていたところ、一郎の死亡により、右家屋とその敷地を花子と共同相続し、その後も、右家屋で花子と寝食を共にして、日々の生活を営んでいるものであって、原告の生活の本拠は右家屋所在地であり、国保法五条にいう「住所」が東京都足立区内にあることは明らかであるから、原告は被告の行う国民健康保険の被保険者である。

3  本件処分及びその後の不服申立て

そこで、原告は、平成五年五月一〇日、国保法九条二項に基づき、被告に対し、原告に係る国民健康保険被保険者証の交付を申請したところ、被告は、同月一二日、原告には在留資格がなく国民健康保険の適用対象外であるとして、右被保険者証を交付しない旨の処分(以下「本件処分」という。)をした。

原告は、平成五年六月一五日、本件処分を不服として、東京都国民健康保険審査会に対し審査請求をしたが、その請求は同年一〇月二五日付けで棄却された。

4  しかしながら、本件処分は、国保法五条の「住所」の解釈適用を誤った違法があり、経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約九条等にも違反するものであるから、原告はその取消しを求める。

二  請求原因に対する認否及び被告の反論

(認否)

1 請求原因1の事実は認める。

2 同2(一)の事実は認めるが、同(二)の事実は知らない。

3 同3の事実は認める。

4 同4は争う。

(被告の反論)

1 国民健康保険が国民の福祉と保健の向上に寄与することを目的とする相扶共済の社会保障制度であることに照らせば、その被保険者は、それが日本人であると外国人であるとを問わず、わが国社会の中で相扶共済の立場に立つ社会構成員であることが予定されていると解されるから、その被保険者資格を画する国保法五条の「住所」とは、「相扶共済の立場にある社会構成員の生活の本拠」、すなわち一定の住居で継続的・安定的に居住している者の生活の本拠でなければならない。そして、わが国に在留する外国人が右のような意味での「住所」を有するというためには、当該外国人が相当の期間、継続的・安定的にわが国に在留しうる在留資格・在留期間を許可されている必要があるというべきである。

しかし、在留資格のない外国人は、退去強制の対象者であり、居住の継続性・安定性に欠けることは明らかであるから、相扶共済の立場にある社会構成員となりえず、国保法五条の「住所」を有するものとはいえない。

2 原告は、平成元年三月九日、「B(フィリッピン国籍・一九六五年五月五日生)」名義の偽造旅券を入国審査官に提示し、平成元年法律第七九号による改正前の入管法四条一項九号に該当する者としての在留資格(在留期間六〇日)で上陸許可を受けて成田空港からわが国に入国し、同年四月二八日川崎市内を居住地とする外国人登録をし、同年四月二八日付けで同年七月七日までの、同年七月六日付けで同年九月五日までの、各在留期間更新許可を受けたが、その後は在留期間更新許可を受けないまま、わが国に在留していた。しかし、右不法入国の事実が発覚したため、平成五年八月一八日付けで、右上陸許可及び二回の在留期間更新許可をいずれも取り消された。

3 したがって、原告は、相当の期間にわたりわが国に継続的・安定的に居住するために必要な在留資格・在留期間を許可されたものではなく、東京都足立区内に国保法五条の「住所」があるということはできないから、本件処分は適法である。また、原告主張の経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約は、在留資格のない外国人が国民健康保険の被保険者になるか否かという問題とは直接関係がなく、本件処分が右規約に違反するということもない。

三  原告の再反論

1  国保法五条にいう「住所」は、民法二一条にいう「各人の生活の本拠」を意味し、これがどこにあるかは、その者の寝食が行われる場所はどこか、その者の使用する家財道具や日常生活用品がどこに保管されているか、その場所が一般通念上日常生活を営む場所といえるかなどの諸要素を勘案し、客観的な居住の事実によって把握すべきものであるから、外国人について右「住所」の有無を判断する場合であっても、その者に対する入国の許可の有無や在留資格の如何はその判断を左右する要素となるものではない。

また、在留資格を有しないでわが国に在留する外国人も、その不法在留の事実が発覚したからといって直ちにわが国から退去を強制されるわけではなく、違反事実の調査を経て実際に退去強制がされるまでは日時を要するし、入管法五〇条一項によって、在留を特別に許可される場合もある(日本人の花子を養育する母である原告についてはその許可がされる可能性が高い。)から、相当の期間にわたって居住を継続し生活の本拠を築くことは可能であり、不法在留の外国人が居住の継続性・安定性に欠けるとの被告の立論も誤りである。

2  国民健康保険は、被用者以外の地域住民全員の参加により、地域社会の保健の向上を目的とする社会保険制度であるから、その目的を達成するためには、不法在留外国人を含め地域社会に住む者すべてを被保険者とし、それらの者が適切な時期に医療サービスを受けることができるようにする必要があり、国保法五条の「住所」をその文言よりも狭く解することによって不法在留外国人をその制度の外に置こうとする被告の扱いは制度の趣旨に反する。

3  また、在留資格のない外国人を国民健康保険の被保険者でないと扱うことは、経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約九条に規定する社会保障に関する権利につき国民的出身による差別をするものである点で同規約九条、二条二項に、「到達可能な最高水準の身体及び精神の健康を享受する権利」を害する点で同規約一二条にそれぞれ反し、ひいては憲法九八条二項に違反するものである。

第三  証拠

本件記録中の書証目録に記載のとおりであるからこれを引用する。

理由

一  請求原因1、2(一)及び3の事実はいずれも当事者間に争いがない。

右争いのない事実と、成立に争いのない甲第四、第五号証、第一〇ないし第一二号証、第三七号証、第五九号証、第六二号証の一、乙第七号証、第九号証、原本の存在及び成立に争いのない乙第二号証の二ないし四並びに弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

1  原告は、平成元年三月九日、成田空港において、左記のとおりの記載がある他人名義の旅券を入国審査官に提示し、わが国への上陸許可を申請した。

氏名 B

生年月日 一九六五年五月五日

出生地 PANGASINAN CITY

職業 芸能人

旅券番号 G六七一×××

発行年月日 一九八九年二月九日

同日、右申請に対して、平成元年法律第七九号による改正前の入管法四条一項九号に該当する者として在留期間を六〇日とする在留資格が付与されて上陸許可がされ、これにより、原告は、わが国に不法入国した。その後、原告は、平成元年四月二八日付けで同年七月七日までの、同年七月六日付けで同年九月五日までの、各在留期間更新許可を受けたが、同年九月六日以降は在留期間更新許可を受けることなく、わが国に滞在していた。

2  原告は、勤務先のスナック店に客として来た一郎と知り合い、平成三年一〇月九日一郎と婚姻し、同年一二月四日一郎との間に長女花子が生まれたが、一郎は平成五年三月四日死亡した。

3  原告は、平成元年四月二八日、川崎市川崎区において前記他人名義の旅券の氏名、生年月日、出生地で外国人登録をしていたが、平成四年四月一三日に至り、足立区長に対し、外国人登録上の居住地を「足立区〈番地略〉」(移転日・平成二年七月一二日)とする旨の申請を行うとともに、旅券が偽造である旨の原告の陳述書、旅行宣誓供述書を提出して、登録上の氏名、生年月日、出生地の訂正を申し出、同年一〇月一日、その旨登録事項の訂正がされた。なお、右申出があったことから、原告の不法入国の事実が発覚することとなり、原告に対する前記上陸許可及び二回の在留期間更新許可は、いずれも平成五年八月一八日付けで取り消されるに至った。

4  一郎は平成三年六月一八日、原告肩書地所在の土地(足立区〈番地略〉宅地56.19平方メートル)及びその地上の家屋(木造亜鉛メッキ鋼板葺三階建店舗・居宅)を購入したが、同人の死亡(平成五年三月四日)により、原告と花子が右土地及び家屋を共同相続した。

5  花子については、平成五年四月二三日に住民登録の変更の届出があり、これによれば、同女は同年三月四日に従前の「足立区〈番地略〉」から原告肩書地に転居したものとされ、また、原告の外国人登録について平成五年四月二三日にされた居住地の変更の届出によれば、原告は同月一五日に従前の「足立区〈番地略〉」から原告肩書地に転居したものとされており、原告の肩書地での居住開始の正確な時期は必ずしも定かではないが(甲第五九号証及び甲第一三号証中には、原告が平成三年六月一八日から原告肩書地に居住していた旨の記載部分があるが、これを裏付ける資料はなく、右外国人登録等の届出内容に照らし、直ちに採用することができない。)、一郎の死亡後は、原告と花子の二人が原告肩書地の前記家屋に居住しており、本件処分当時は、原告がその一階店舗部分で居酒屋を経営していた。

なお、原告は、その後、平成六年中に右店舗部分を他人に賃貸し、自らはパートに出て、現在は、その賃料収入と給与によって生計を立て、花子を養育している。

以上のとおり認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

二  そこで、本件処分当時、原告が被告の行う国民健康保険の被保険者資格を取得していたかどうかについて検討する。

1  市町村が行う国民健康保険は、当該市町村の区域内に住所を有する者(健康保険の被保険者など一定の適用除外事由に該当する者を除く。)を被保険者として(国保法五条)強制的に保険に加入させ、被保険者の負担する保険料(同法七六条)、国の負担金(同法六九条、七〇条)、都道府県の補助金(同法七五条)などを財源として、被保険者の疾病や負傷等に関して医療その他の保険給付を行うものであり、被保険者は、当該市町村の区域内に住所を有するに至った日から、その資格を当然に取得するものとされている(同法七条)。

そして、国保法には、右「住所」につき特段の定義規定がおかれてはいないから、同法にいう「住所」は、人の生活の本拠(民法二一条)、すなわちその者の生活全般の活動の中心となる本拠を意味するものと解するのが相当である。

2 前記に認定したとおり、原告は、不法入国後、日本人の一郎と婚姻して子供をもうけ、夫との死別後はその子供と一緒に亡き夫が遺した家屋に居住して生活しているものであり、その居住の事実状態だけに着目すれば、原告肩書地が原告の生活の本拠であり住所であるとする原告の主張も理解しえないではないといえるが、しかし、翻って考えるに、原告は他人名義の旅券を用いてわが国に不法入国した者であり、本来、わが国への入国それ自体が許されない違法なものだったのであるから、当然、その後のわが国での滞在ないし居住も法律上容認されたものではないのであって、かかる不法入国者は、もともとわが国内に生活全般の活動の中心となる本拠を置くこと自体が容認されていない立場にあることからすると、このような原告について、単にその違法な入国を基礎として作られた居住の事実状態だけをとらえて、そこに「住所を有する」と評価することには躊躇を感じざるをえないといわなければならない。

なぜなら、日本人が自由にわが国内に居住し生活できるのとは異なり、外国人の場合は、当然にはわが国に入国し国内で生活できる権利を有しているわけではなく、わが国の主権に基づく許可を受けその許可の範囲内でのみわが国に入国し居住することができるに過ぎないのであるから、外国人がわが国内において社会生活を営み活動することができるためには、その前提として、適法にわが国に入国したものでなければならないことは当然であって、不法入国者のように、わが国への入国が許されず国内に留まることができない立場にある者が、わが国において、適法に生活全般の活動の中心となる場を持つことができると解することは困難だからである。

3 しかも、国民健康保険の制度は、一定地域の住民を強制加入させて、それら住民が相互に保険料を負担しあい、その拠出と国庫負担金などをもとに保険給付を行うものであり、基本的には、地域社会を構成する住民の連帯意識を基盤として運営される性質のものであるから、このような国民健康保険制度の持つ相互扶助及び社会連帯の精神からすると、その制度に強制的に加入せしめる対象となる被保険者は、少なくとも、わが国社会の構成員として社会生活を始めることができる者を当然の前提としているものと解すべきであり、不法に入国した外国人(特別在留許可によって在留資格が付与されない限り、法的には、わが国社会の構成員となることを拒否されている者である。)についてまで、かかる制度の適用の対象者とし、保険に強制加入させることは、国保法の予定しないところというべきである。

4 そうすると、外国人が国保法五条にいう「住所を有する」といえるためには、少なくともその者が適法にわが国に入国し在留しうる地位を有していることが必要であると解すべきであり、原告のように他人名義の旅券を用いてわが国に不法入国した者が、たとえ発覚を免れて、一定の場所で事実上継続的な居住関係を築いたとしても、係る居住場所があることをもって、国保法五条にいう「住所を有する」ということはできないといわざるをえない。

5  したがって、原告は、国保法五条にいう被告の区域内に「住所を有する者」に該当するということはできない。

三1  原告は、外国人については、その者に対する入国許可の有無や在留資格の如何とは無関係に住所の認定がされるべき旨主張するが、前示のとおり、外国人は、わが国の主権に基づく許可を受けその許可の範囲内でのみわが国に入国し居住することができるのであって、原告のように入管法三条に違反してわが国に不法入国した者は、そもそも国内にその「生活の本拠」を置くことができる法的地位を有しないといわざるをえないのであるから、外国人については、入国許可の有無と無関係にその住所の有無を判断することはできないというべきであり、原告の主張は、入管法によって定められた外国人の地位と整合しない法律解釈をいうもので、採用することはできない。

2  さらに、原告は、不法入国者であっても、直ちにわが国から退去を強制されるわけではなく、入管法五〇条一項による特別在留許可が出される可能性があるとも主張するが、当該不法入国者について、法務大臣による特別在留許可がされる可能性があるかどうかを市町村において個々具体的に判断することは困難であり、仮に原告について特別在留許可がされる可能性が大きいとしても、実際に特別在留許可がされ在留資格が付与されるまでは、不法入国者として、わが国に適法に居住しえない地位にあるものとして取り扱うほかないというべきである。

3  また、わが国に住所を有しない外国人を国民健康保険の被保険者とするかどうかは、わが国の立法政策に委ねられている事柄であり、現行の国保法がわが国に住所を有しない外国人をその被保険者としていないとしても、そのことが経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約に抵触するということはできず、右規約違反をいう原告の主張は採用の限りでない。

4  なお、原本の存在及び成立に争いのない甲第八号証、成立に争いのない甲第九号証によれば、原告は、国民年金に加入し年金手帳の交付を受けており、また、東京都足立区において印鑑登録をしていることが認められるが、そのことによって原告が東京都足立区内に住所を有していることが確定されることになるわけでないことはいうまでもなく、それらの事実は、原告が国保法にいう被保険者の資格要件としての「住所を有する者」に該当しないとの前示判断を左右するものではない。

四  以上の次第で、原告は、本件処分当時、被告の行う国民健康保険の被保険者資格を取得していなかったというべきであるから、原告に対し国民健康保険被保険者証を交付しなかった本件処分は適法であり、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条及び民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官佐藤久夫 裁判官橋詰均 裁判官德岡治)

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